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その先へ(小説)

2012年03月21日

母が死んだ。
長かった療養生活が嘘の様に、静かに眠りについた。
穏やかに微笑む母の顔は、昔見た母の若い頃の写真の様に綺麗だった。
そして、ベットサイドで母の手を握る父もまた死んでいた。
ああ、父は本当に母について行ってしまったのだ。


母の看護は全て父が付いていた。
「真由美さんの事はどんな些細な事でもやりたいんだ」
と言った時、何も言えないぐらい父は真剣だった。
母はだんだんと体の自由が利かなくなり、何処へ向けてよいか分からない思いは父へとぶつけられ、そしてごめんなさいと呟きながら泣いていた。
私はそんな様子を見ながら何も出来なかった。
怒る母にも、泣く母にも何も言葉をかける事ができなかったのだ。
だけど父はいつだって母の側に座っていた。
どんな時でも愛しそうに母の髪や肩を撫で、手を握り、そして母に囁くように言葉をかけていた。
私には決して入る事のできない、父と母の二人の世界。
とても悲しくて、そして羨ましかった。
あんなに優しい父の顔も、全てを預け寄り添う母も、私は知らなかったから。
いつか二人だけの世界に行ってしまうのだろうと、私はぼんやりと思いながら見つめ続けた。


母の病状が悪化した頃、父はあっさり会社を辞めてきた。
「これからはずっと真由美さんと一緒にいようと思うんだ」
父の顔には何の迷いもなかった。
二十数年勤め父が作り上げた立場、なにより矜持を持っていた仕事だったのに。
驚いて何も言えなかった私に父は「真由美さんと一緒にいる事が一番やりたい事なんだ」馬鹿だよな、いい歳してと笑った。
私はやっぱり何も言えなかった。
二人の中に入る事は、誰にも出来ないのだと分かった。


手を握りながら眠る父と母を私はしばらく見つめていた。
不思議と涙は出ない。
永遠なんて知らない。
私はまだ。
もしかしたら一生知りえないかもしれないけど。
でも、父と母は永遠に辿りついたのだ。
きっと私は一生「永遠」に焦がれて生きるのだろう、そう思った。

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